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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)3176号 判決 1972年1月28日

控訴人 白井幸作

右訴訟代理人弁護士 平井篤郎

被控訴人 石倉竜一

被控訴人 石倉照夫

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士 松井一彦

同 片岡章典

主文

本件控訴を棄却する。

本件訴訟の総費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し別紙物件目録記載の土地につき横浜地方法務局浦賀出張所昭和三六年四月二七日受付第一、八八九号所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、左に付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、控訴人は、原審において、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)を、昭和三二年一一月一九日被控訴人両名に対し代金二一万六、三〇〇円で売渡し、その代金を受領した旨主張したが、右主張は事実に反するので撤回し、控訴人は昭和三二年一一月一九日被控訴人両名より金二一万六、三〇〇円を利息、弁済期の定めなく借受け、右返還債務を担保するために、本件土地に抵当権を設定したと主張する。

二、本件土地には、控訴人が原審において主張したとおり、被控訴人らのために所有権移転請求権保全仮登記がなされているが、右登記は昭和三六年四月二六日本件土地についてなされた訴外正根吉次のための仮登記を抹消するために控訴人の妻茂子から訴外杉本泰一に交付した控訴人の印鑑証明書および印鑑を悪用して、控訴人不知のままになされた無効なものである。よって控訴人は被控訴人らに対し右無効の登記の抹消登記手続をなすことを求める。

三、本件土地につき控訴人と被控訴人らとの間に売買契約がなされたとしても、右契約は、控訴人が本件土地を売らなくては競売から免れない経済的危機にあることを知悉している石倉才一郎において、右控訴人の窮泊に乗じて金二一万六、三〇〇円の廉価をもって締結せしめたものであるから、無効であり、したがって前記仮登記も無効である。

(被控訴人らの主張)

控訴人主張の消費貸借の事実は否認する。被控訴人らは、昭和三二年一一月一九日控訴人から本件土地を代金二一万六、三〇〇円をもって、将来宅地転用が可能となったときに完結する約定のもとに、買受ける旨の売買の予約をし、即時に右代金を支払ったもので、右売買が不能になった場合の代金返還請求権を担保するため、本件土地に抵当権を設定する契約をし、その旨の登記をした。ところが、その後本件土地について控訴人と訴外正根吉次との間に売買予約がなされ、昭和三六年四月一七日右正根のために所有権移転請求権保全の仮登記手続がなされたので、訴外杉本泰一を介して控訴人に抗議し、右正根の仮登記を抹消してもらうとともに、控訴人のために前記売買予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記をすることの承諾を得て、本件仮登記をなしたもので、右仮登記は有効である。

(証拠関係)<省略>

理由

当裁判所は、当審における証拠調の結果を参酌しても控訴人の本訴請求は、失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、左記を付加するほかは、原判決の理由(但し原判決六枚目裏六行目「つぎに」以下を除き同五枚目裏四行目に「八号証」とあるのを「七号証」と訂正する。)と同一であるから、その記載を引用する。

一、<証拠>を総合すれば、「控訴人は、約一〇名の債権者に対し合計約金一〇〇万円の自己の借受金債務ないし他人の債務に対する保証債務があり、さしあたって居住家屋に対する競売を免れるため訴外石倉才一郎(以下単に『石倉』という。)に金三〇万円の借用を申込んだところ、拒絶されたので、本件土地の買受けを依頼し、石倉は本件土地が農地であるのでその買受けを躊躇したが、控訴人が将来宅地になる可能性があるといって懇請するので、結局本件土地を石倉の代理する石倉の子被控訴人両名において買受けることになったこと。しかるに、本件土地は、農地法第六一条の規定により昭和二九年七月一日控訴人が国から売渡を受けたものであって、同法第六七条第一項第六号の開墾完了時期を昭和三二年六月三〇日と指定されていたので(この点は当事者間に争がない。)、右指定開墾完了時期より三年経過する前に所有権移転をせんとする場合には、同法第七三条による農林大臣の許可を必要とし、右三年経過後の所有権移転についても県知事の許可を必要としたこと。そこで将来右許可が得られたときに完結する約定のもとに昭和三二年一一月一九日本件土地につき控訴人を売主とし、被控訴人両名を買主とし、代金を二一万六、三〇〇円とする売買予約が成立し、被控訴人両名は同月二六日右代金を控訴人に支払ったこと。右代金は、当時の本件土地の固定資産税の評価額二万一、六三〇円の一〇倍とすることに石倉才一郎より提案し、控訴人がこれに同意して、そのとおり定められたものであること。被控訴人両名は農地取得資格を有せず、本件土地で農業を経営する意思なく、右売買予約は将来宅地としてこれを利用する目的のもとにしたものであるが、将来宅地転用の許可が得られず、売買の目的を達することができなくなって契約を解除した場合のことを考慮して、すでに交付した売買代金の返還請求権を確保するため、本件土地につき、横浜地方法務局浦賀出張所昭和三二年一一月二八日受付第二、七二〇号をもって、昭和三二年一一月二六日金銭消費貸借に基づく同日抵当権設定契約を原因として、債権額金二一万六、三〇〇円、弁済期昭和三三年二月二五日、利息年一割八分、利息支払期毎月末日払なる抵当権設定の登記をしたこと。しかるに、その後本件土地が値上りしたため、控訴人は、昭和三六年春頃訴外杉本泰一に依頼して売買代金の値上を請求し、石倉がこれを拒絶すると、同年四月一五日訴外正根吉次に本件土地を代金一坪につき金一万円で売渡す予約をし、同月一七日右売買予約を原因として同訴外人のために所有権移転請求権保全の仮登記をなしたこと。石倉は、これを知って驚き、控訴人、杉本、正根らに抗議して交渉したところ、控訴人らはその非を認めて、右正根のための仮登記を抹消するとともに、控訴人は、被控訴人両名のために本件土地につき前記被控訴人両名との間の売買予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記手続をすることを承諾し、控訴人の妻白井茂子と杉本泰一を介して、被控訴人両名の代理人石倉に対し、右登記手続に必要な控訴人の印鑑証明書と委任状を交付し、石倉はこれに基づいて本件土地につき被控訴人両名のために同出張所昭和三六年四月二七日受付第一、八八九号をもって昭和三六年四月二六日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を経由したこと。」を認めることができ、原審ならびに当審証人白井茂子(当審は第一、二回)、当審証人杉本泰一の各証言および原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果(原審、当審とも各一、二回)中右認定に反する部分はにわかに措信し難く、甲第九号証の一、二は、前掲各証拠によれば、前記登記にかかる金二一万六、三〇〇円の消費貸借に関する受取証ではなく、控訴人が訴外栄和商事有限会社(代表取締役石倉才一郎)に負担する別口借受金債務に関する受取証であると認めるのを相当とするから、未だ右認定を動かす資料とすることはできず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

また、昭和三二年一一月一九日現在において、金二一万六、三〇〇円(固定資産評価額の一〇倍)と定められた本件土地の代金が、控訴人の窮迫に乗じて著しく低額に定められたものであることを認めるに足る資料はない。もっとも、甲第五、六号証によれば、控訴人は、昭和三二年一二月一四日本件土地に隣接する横須賀市根岸町四丁目三九番畑一反歩を、訴外金子恵美子、金子竜雄の両名に代金四五万円で売渡す売買予約をしていることが認められるが、右事実をもってしても、未だ前記認定を覆すに足りない。

なお、前記認定事実によれば、被控訴人両名のための所有権移転請求権保全仮登記の登記原因として、登記簿上「昭和三六年四月二六日売買予約」と記載されているのは、実体関係に合致せず、正確には「昭和三二年一一月一九日売買予約とすべきであるが、それだけの理由で右登記を無効と解すべき理由はない。

二、農地の売買予約につき、農林大臣または都道府県知事の許可を停止条件とする旨の付款を要するものではなく、右のような条件を付していないからといって、直ちに右予約が無効となるものではないし、また、農地法第六一条の規定により国から農地の売渡を受けた者であっても、指定開墾完了時期より三年を経過した後には、都道府県知事または農林大臣の許可を得たうえ、当該農地を農地以外のものに転用するためその所有権を他に移転することができるから、右期間経過前に、将来所有権の移転が可能となったときに完結する約定のもとに、当該農地につき売買の予約をした場合、その買受人が農地取得資格を有せず、これを農地以外のものにする目的で買受け、しかもその真意が当該農地が宅地に変更された場合の値上りによる利得をはかるにあったとしても、これらの事実をもって直ちに右予約が農地法の法意に反し無効であるとはいえない。したがって前記控訴人、被控訴人両名間の本件土地の売買予約を無効と解すべき理由はない。

以上の次第で本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅賀栄 田中良二 川添萬夫)

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